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第977回 たかじん委員会 天皇と神道 王道とは違う私の考え [授業]

 さて冬の連休でカテゴリ授業の3連発という組み合わせ?ですけども、今日のたかじん委員会は天皇と神道についての話だったので、普通に私方面からの持論も交えて話をしていきますよ。王道正道とは違う物事の見方と考え方をね。 それとタイトルの方には注意喚起いたしませんが、本題の冒頭で幻想的な神話を一部現実的にぶち壊す発言を出すので、日本天皇神話を大事に思っている方は、本題の最初の方は見ない方が良いかと思われます。危険度レベルだとMAX振り切れそうな大暴言にも近い現実的過ぎる内容なので。(大方の皆さんが天皇の成り立ちに関して少し思っている事を、声高らかに発言するだけなのですがね。俗に言う、言ってはいけない一言的な。(笑))

 それで本題入る前に軽く今日のたかじん系の話(時事は今日無いです。)ですけども、天皇の祖先が神だったとしても、現在に至るまでには人の血の方がより濃い状況になっているので、それほど神格視する方がどうかと思いますね。 現状今の天皇制度でも普通の人が入らなければ血脈を受け継いでいく事が出来ないわけですから、現状限りなく人に近い存在というか普通に人と見るべき内容の話です。 それでも天皇は違うといった見方をする人がいるでしょうが、それはそれで構いません。なぜなら日本の神道にも含まれる事柄には、英雄等が死んだら神格化されて神様扱いになる事が多いように、それを生きている内に含めてみるとしたとしても日本ではおかしい事ではない。 現に靖国神社系での国際問題的な話でも神格化された集まりの中にいるとかいう話が出ていたりするのだから、死んで神様の扱いになるのか、死ぬ前から神様のような存在として扱われるのかの違いなだけである。 まあそれで今の天皇が神話の神様の直系かどうかはさておいての話だが。

 という本題に入る前のちょっとした余興的な話だけども、冒頭のっけから一旦この話のある部分を現実的に大破壊しに行きます。
 その大破壊の内容というのが、この地の創造主系神様からの直系が今の天皇だという神話の説についてなのですが、現実的に考えて御伽話でしかありませんよね。 一部信じる人がいるかもしれませんが、それはキリスト教を信じる人のそれと大した差はないでしょうね。 そして悲しいかなの現実話にすると、この神話を作ったのは時の日本に名を残せるほどの有力者であり、当時の日本の地において非常に強力な権威を持っていた家系が、自分たちの力の在り様をさらに強くさせる為に自分達を神格化させて、先祖が神だという事にしたという事が全ての事の始まりでしょうね。
 つまり、権力の権威を強く知らしめる為の行為として天皇の話とそれにまつわる神話を創造したというのが現実的な事実でしょうね。 こういうような手法は割かしどこの国や地域の有力者や権力者にも見られており、現代でも分かり易いのは北朝鮮やロシアのトップが最強であるかのように見せる手法を神話みたくした物だと言えば、大体理解出来るだろうか。(まあロシアの方はそう強く見せる為に努力はしての結果だろうけども。それでも強く見せられる所だけを強調させている事は神話的な話と同じと言える。)
 この神様の子孫だという神話を広めれば、誰も自分たちに歯向かうことは無くなるだろうという抑止力と、権威の形を分かり易く知らしめる為の話なのだろうが、それでも現代においてまでその血脈を受け継いできた事自体は、それを神格視したとしてもおかしな話ではない。つまり歴史が既に神格位にあると見ても良い。例え元が権威の強さを見せる為であったとしてもね。 それは当時から神様の絶対的な強さや崇拝の対象にあったからの事であり、その言葉に抗議できる者がいない状況では、その天皇は神様の子孫であるという言葉は強さによって真実にされる物である。 要は中国的な勝てば官軍負ければ賊軍という話と似たような物である。 ついでに天皇を名前にするとしたり神を名前の一部に組み込んだりする事は、後からの話でいくらでも作ることはでき、現に過去の英雄たちは神格化される時に名称が神様に近いものに変わったりする者もいたようだから、なにも不思議な話ではない。
 なので天皇も元は普通に人であり、自分の力を広く知らしめる為に神様の血脈であるという話と神話をその為に作り出したというのが、1番しっくりくる現実論でしょう。 だがだからと言って今の天皇が神格視されるのは先にも語った通り不思議な話ではなく、その長い歴史を持つ事自体が神格化されて見られている状況になったとしても不思議ではないという事です。 だから結論的には、神話の神様とは直接的には繫がりはないでしょうが、また別の天皇としての歴史の積み重ねによる神格化による人神の家系として見たとしても日本ではおかしな話ではない。 まあ要は、人の話で見たら英雄の家系とかで考えたら分かり易いかな? 日本でもたまにいるでしょう?昔の有力大名たちの子孫とか?その人達を神格視して見るかどうかな話でしょうね。まあ史実に残る天皇家系より長い家系はいないと思われますが。 だから天皇は神様の子孫という扱いよりは、日本の中での人からの英雄における神格化された家系と見て考えた方が良いでしょうね。 どっちにしろ現状の扱い方敬い方に変わりはない話なのですからね。

 さてお次は神道が日本における固有の宗教かどうかについての話だが、これに関しては結構前にも話したと思うが、宗教かどうかはっきりさせようと思えば、宗教に属される話なのだろうが、こと日本の現状においては日本の日常風景に文化に溶け込み過ぎている状況になっている神道なので、それは宗教であり宗教ではないという答えが正しいのでしょうね。 別に神道には現状制約や縛りという物は特に存在せず、敬うかどうかは個人によって決められる状況にあるが、日本の文化として基本的な状況になっているから、これが神道宗教であるといった物が特に存在していない事になる。 まあ日本の戦前はこれに関して、天皇を神様と位置付けさせての神道の教えという形にしていたが、戦前の旧日本帝国軍が行なった天皇を神道の神様に位置付けさせて戦争を行ない易くさせたことが問題であったという事で、その状況だけを見ればGHQは神道を危険視して排除しようとしたのもうなずける話となる。
 だが、現状それ以外に日本の神様の在り方として私が何度も取り上げる八百万(やおよろず)の神の存在がいる以上、神道における神の在り様はそれだけではなく、八百万の神全てに対して日本の神道は位置付けさせられる物であり、本来はそれが基本であったものだと思える。それにおいて天皇は八百万の神の中の一種に分類されて、より多くの人の崇拝や敬いを受けているというだけの話ではないだろうか。 なので神道においては、天皇を祭り上げて敬うだけが神道ではなく、八百万に代表される万物全てに宿る神々に対して敬ったりするのが正しき形なのではないだろうか。 そこにおいては、万物の神々や天皇神にキリストや仏教にギリシャ神話の神々も全ては神様の区切りでは同じ扱いであるという話です。 そして後はどれを深く信仰するかだけの違いが神道の本質にあると言えるでしょう。
 ちなみに、専門家は神道における神の扱い方において鍋に例えて話をしていましたが、そこは私が話す八百万の神における万物全てに神が宿る話をした方が言葉として綺麗にまとめられたのではないでしょうかね。 八百万の神は万物全てに宿る神々の総称ですからね。(ちなみに字体では八百万と書かれていますが、万物における数字ではゆうに1億の神々は超えているでしょうから、単なる総称でしかありません。)

 そして天皇をトップに再度位置付けさせるかどうかに関しては、過去の戦争に使われた危険性や今の人神である天皇が全て善良であるという保証はどこにも出来ない以上、今の象徴であり続けさせるほうが無難ではあるでしょうね。 それに認めさせれば、民主主義の形ではなくなってしまう事にも繋がりかねませんからね。 現状今でも民主主義が失われているような状況で、天皇をトップに返り咲かせたら今の政権体制に取って食われて戦争大国にさせられる可能性が高いですからね。それはしてはいけないが、私の独民においてはある程度の政治介入は出来るようにしたいですね。ただしそれは、国民が望む時である事と民主主義の形が守られる状況下である事ですね。天皇が言ったから全てそのように動くというのは、事実上の崇拝独裁国家と変わりがない。 つまり政治介入においては助言やアドバイスの位置合いに付くぐらいの距離感である事ですかね。
 ちなみに私が言っている国王というのは、政治における国王であり、天皇の立ち位置にはあまり変化はなく、民主主義においての政治参加権は必要であるという考えになる。 だからと言って天皇の言葉が全てでは民主主義にはならないのでその辺りの仕組みで必要なのが、政治における知略の国王という事ですね。 これを魔王的に言えば、私は知王になりたいというわけですな。 それは王でありながら完全なトップではない王の形です。 何せ民主主義においては完全な1人だけのトップは必要ありませんからね。 最低でも2人以上は必要なのですから、王と天皇が存在する事が、日本においての民主主義の1つの形にも出来るのではないでしょうかね。 まあ私が目指すのは期間限定の話ですが。

 それで最後に女性天皇に関してですけど、皇室の少子化や男性数の減少における問題が取り上げられる事が多いですけども、私的にはそれはあまり優先事項ではなく、象徴においても神格視されるにおいても女性の立場が低く見られている状況が現代において問題だと私は考えて、女性天皇の制度を作り直すべきであると訴えているわけですね。 基本的な考えとはベクトルが違うのです。
 これは何度も私は繰り返していますが、男尊女卑における問題が今の天皇の体質にもあると考えて、天皇が男尊女卑であり続ける限り、日本においてもこの考えを正していく事は難しいと考えます。
 日本においては、文化や伝統に神格視されている物のほとんどが男尊女卑で構成されて、それが普通にされていますが、男女平等を女性の権利向上を目的と挙げるならば、これらの問題を解決できなくて男尊女卑が無くなることは無いと考えるので、女性天皇に関する事を認めて続けさせていく事が大事だと私は考えます。
 それに今の天皇制度では、言葉には出されていませんが、女性は次の天皇を産みだす為の機械のような位置付けにされてはいないでしょうか? そして女性として生まれたら神格化は成されずに追放されるというのもおかしな話で、神の子供で女性ならば神として認められないというのは、女性を思いっきり卑下しているという男尊女卑の文化そのものになりませんかね。 子供を授かれるのは女性だけなのに、女性を神に扱わないという事自体に問題があると私は思うのですがね。 この状況下では女性は不浄なる存在で、人を作る為の機械だと今の天皇制度が認めているも同然な状況になってしまうので、私は持論として男女平等にする為にも天皇において女性天皇の存在が必要と考えるのです。 できれば、天皇においても男性だけではなく女性も同時に成れる状況にして、男女2人の天皇が同時に存在するような形に出来れば、それが新たな男女平等における天皇の在り方に出来るかと考えます。 神格視される血脈が女性には受け継がれないというのはおかしな話で、それはひとえに女性を貶める為に作った話でしかないと考えます。 そしてそれを守りたい輩共は、男尊女卑の伝統を守りたいとする女性差別者達です。


 それではここまで見て頂きまして誠にありがとうございます。
 たかじん委員会~終了~天皇と神道
















 最近真面目に話し過ぎで疲れたので、しばらく大人しめに休憩する事にします。 要は遊び力全開方向? Fin
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