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第209回 遅れている日本の動物園事情 世界から見たら動物虐待と言われても反論できない [NEWビジネススタイル]

 さて今回も年始の休憩回?(たぶん?)の一部で語りますが、今回は日本の動物園の動物に対しての扱い方が、世界の進んでいる動物園から見たら動物虐待に等しい扱いになっている現状についてのお話です。(ちなみに今回も前回も人間と動物(or魚)のどちらを優位で考えるのかという見方で話していっております。)

 まず日本の動物園の動物が移動できるスペースはかなり狭いですよね?動物を展示品扱いで見ている感じではさして狭いとは思わない方が多いかと思われますが、動物の目線で言うとかなり狭くて窮屈な檻の世界といっても過言ではないでしょう。逆に客である人間の方は、自由に移動可能なスペースは十分に取られていて、好きなルートで自由に見て回れるようにかなり広めの道と複数の道が用意されている場合が多いです。 このように今の日本の動物園では、動物よりも客である人間の方を大事にした形を取っています。なぜこの考え方かというと、動物園にいる全動物の自由に移動できるスペースよりも、客が移動できるスペースの方が圧倒的に広く取っているからこのように考えられるのです。動物園の飼育員さん達は、動物の方が大事だという方が多いですが、本当に大事だと思うのであれば、もっと動物たちが生き生きと生活できるように動物たちのスペースをもっと広げる必要があると感じるのは私だけでしょうか? 動物園内の配置を見るとどうしても動物よりも客の方が優先的に見えてしまうのはどうしてでしょうか?動物たちはお金の為のただの展示品ですか?だから自由に移動させられるようなスペースはいらないとでも言うのでしょうか?このように日本の動物園は、動物の展覧会のような所だといえるでしょうね。 意味は違うでしょうけど、全動物がある意味客寄せパンダのような感じ。

 対して海外の進んでいる動物園では、動物たちが本来生活している環境下に合わせた様な広い場所が用意されて生活しているようです。その動物たちにあった部屋(木々が有ったり岩や土の地面が有ったりなど自然環境が用意されている)の造りや、温度湿度管理的な物や1年を通しての季節の映り巡りなどや、エサの与え方(日本のように直接与えるやり方では無く、疑似的な狩りやエサ探しをさせるような工夫を凝らしているとか。 あと、その情報の受け売りだけど、本来動物たちは自然で生きるやり方のエサの取り方が出来ないとストレス等が溜まって悪い状態になっていくそうです。つまり日本の動物たちがあまり動かない事が多いのは、本能に従ったエサの取り方が出来ずにストレスが溜まりやる気を失っていたり、だらけが染み付いてしまって動かなくなっていたりすることが原因でしょうね。 つまり日本のほとんどの動物園が動物に対して虐待を行っているのと同じという事である。)に至ってまで本来の自然環境になるべく近づけた方法にしているところが多くなっているようです。 やはり動物を見せる為の動物園であれば、その動物たちが本来の生活環境と同じように行動できるような環境を与えて、そこで悠々と行動しているさまを見せるというのが、本来の動物園の形なのでしょうね。 だから今日本がどれだけ動物に対して住みよい環境にしようとさせても、前提条件がお客さんを楽しませる事が大事と考えてしまった時点で、すべて的外れという事なのです。(今人気の体験型動物園も客に対してどういうふうに違った形で見せるのかが注目とされていますが、それでは本当に本来の動物らしさは見せられないという事です。 全ては客を楽しませる為に、動物に演技を求めているという事になるのですから。)
 広さが違うと言いましたが、そりゃ日本と世界では動物園に使える広さが違いすぎるだろうという意見が出る事もあるでしょうが、日本の場合であれば、客が移動できる道の数やスペースを今の半分以下にまで減らせば、かなり動物たちに対して住みよい環境に出来ると思いますよ。その分の広さが出来るわけですし。なんなら地上の道をほとんど無くしてモグラのように少し顔をのぞかせられるような地下の道(道の天井部分がドーム状で地上を見られるようにする。ただし動物たちがそこを移動できるぐらいの高さにする。)を作成したり、空中に回廊などやゴンドラ等の乗り物で移動が出来るようにして、動物たちが住む地上部分はほぼ動物たちが生活していける空間にすると言った形にすれば可能である。 つまりどちらを重視するかの違いである。

 ちなみに日本の動物園でほとんど動かない動物たちは大体が大型動物だが、理由の一番の所は動き回れるだけのスペースが無い為動かないという事が理由だろう。(ほぼ走れないし。)ついでに動く事の理由としてはエサ探しなどが本来の目的である為、エサが待っていれば与えられる環境ではさらに動かなくなるというのが理由の1つに入る。つまり動物虐待であるな。 逆に中型や小型動物では、ある程度の広さが組まれているところが多いが、これもエサなどの目的が無ければ動かない事が多いだろうな。 動物園にいる動物たちのほとんどが人間の芸人(人間は喜べば自分もうれしいと思える感情)のような感じではないのだから、それで動きを求めるというのも虐待の一種であろう。(ただしその行為で自分のエサの量が増えたり貰えたりする場合の動物はその類ではない。サル種が例に入るな。)
 人間に例えると、独房などの監獄内に閉じ込められてそれを身に来る観光客に何も無いけどただ芸をやれという感じだろうな。(相手を喜ばせても自分の待遇が変わるわけでもなくただ監獄強制生活を強いられるだけの日々。 この状況下で自ら動く必要はあるのだろうか?別に動かなくても何も待遇が変わらないと知っているとしたら。)

 だから日本の動物園は動物の虐待園というわけですな。客を楽しませて満足させる為に動物に過酷な生活を強いる それが今の日本の動物園の実情。これだと世界から非難を受けてもしょうがないよね?


 ではでは、ここまで見ていただきまして誠にありがとうございます。
 日本の動物園~終了~動物虐待園







 動物たちも皆生きる命であり、それぞれ感情や自我がある存在である。それに対して檻に閉じ込めて本来の生活が出来ない環境下での生活を求めて、あまつさえ人間の客を喜ばせるようにしろと言われるのは、何物でもない虐待行為であろう。これを人間に課したら虐待といわれるのに、なぜ動物園に住む動物たちにはこれが適用されないのであろうか? この状況下がある限り、いくら飼育員さん達が動物の事が大事で大好きと言おうとも、全てが嘘はったりの虚言であると言われても反論は出来ないであろう。本来の自然環境に近い住みよい環境を与えていられない時点で。 END

あれ?なんか普通の感じになったような?さて休憩回が嘘偽りのようになったな。
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